歴史の真っ只中にいるときは、その時に何がおこなわれているのか、それが歴史的に大きな存在であるのかどうかなど、全くわからないものである。
後に「ITバブル」と命名された、1999年後半~2000年春の株価の上昇と暴落も、なかなか体験することはできない貴重な経験であった。大変高い勉強代であったが。

それでも「生き残り」、命がつながったことに感謝しないといけないのであろう。
もう少しで完全に荒波に巻き込まれて、木っ端みじんと人生そのものを破壊されてしまうところであった。
「国破れて山河在り」
株式上場で資産評価が膨張して1億に達した時も、暴落後ほとんどの資産をなくした時も、生活は何も変わっていなかった。
普通に仕事をしていた。
何も変わっていない・・・・・

大暴落で資産を失い、既に1000万円を割り込むような状況になっていた。
「もう、株は見たくない」
生き延びた後にしばらく、持ち株は見なかった。

それでも、このまま負けを認めたくなかったので、2000年5月頃再びD証券に行って、今後の資産復活について意見交換を行った。そこで、”支店一の切れ者”という方を紹介いただいた。
その方より
「今後はロームがいいですよ。これで復活を目指しませんか?」
もう、既に資産はボロボロになっており、殆ど余裕はなかった。それでも藁をもすがる思いで、再び”信用買い”で900万円ほど買ったと思います。
後の株価の推移を見てもらえばわかりますが、33000円くらいで買った株は、株を購入後1割くらい上がることはありましたが、ほぼ下げ続け1/10以下まで下がります。あまり被害が大きくならないうちに損切をおこない、大きなが被害には至りませんでした。

預かり残高が低くなり、信用取引が認めてもらえなくなりました。
2002年頃にD証券の担当者が転勤となり。少しずつ証券会社から離れていきました。

2002年に、ケンミレに入会しました。投資教育をおこなっているサイトです。
毎月1万円の会費は、結婚後小遣いの少ない現在であれば、到底払えない金額ですが、当時は「1億円なくしたのだから1万円くらい安いもの」
このような心境で入会しました。
ここの提供するチャートや学習材料は大変参考になりました。提供されるデータは情報量が多く、考えるヒントを与えてくれます。
ここで投資家としての基本を学び大きく成長できたと思います。
ただし、森田社長をはじめ、ここで展開される予測はかなり現実と解離していることが多く、「日経平均株価7万円説」は何度も何度も唱えらえておりました。これらは森田社長始め、ケンミレの皆さんの願いであり希望が含まれていると思うとかわいいものです。

「もう株は止めようか」何度もそう思いましたが、どうしても悔しくて、自分自身を試したくて、
本を読み勉強しました。
以前は、証券会社のホームページなどでアナリスト予想を読んだり、モーニングサテライトを見たり、証券会社の担当者の情報を鵜呑みにしたりと、他人任せであり、自分で考えることを放棄していたと思います。
そこで、自分でデータを読み自ら考えて投資することで結果を出すことができるのでは考えて現物株だけで勝負することで銘柄選びをおこないました。

その結果、資産は2005年12月末には8500万円まで増やすことができました。
ただし、2006年1月のライブドアショックで、上昇相場は終わり、私の資産も短期間で6000万円くらいまで減ってしまいました。
この下落で一気に気力がなくなり、株式の売買を止めてしまいました。

その頃出会った女性と結婚して、勤務先の株式投資の規制が厳しくなり、2017年の最近まで、殆ど株式の売買はおこなっておりません。
それでも、株主のままですので毎年配当はいただいております。
マンションも買ったので、今は大きな額を運用しておりません。

毎年30~40万円の配当と優待を楽しみにしております。


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