”どの世代のどの層に負担を求めるのか?”
このような記事が、日経新聞(2017/4/19)[大機小機]に出ています。
わが国経済社会の足腰を強くする教育のための財源に関する議論です。
自民党や国会で「教育国債」の発行の議論がおこなわれ、その一方で小泉進次郎などの若手を中心に「こども保険」について提言がおこなわれております。

「教育国債」は、名前に”教育”がついていますが、実質将来世代に返済を求める赤字国債です。
一方、「こども保険」は”介護保険”と同様、社会保険として、現役世代と事業者に負担を求めます。調達のしやすさや財源確保の容易性からは、「こども保険」が優れているが、現役世代などの一部に負担させるのではなく、国民全体として負担するあり方につないでいく必要がある、
このように結論付けています。

この「こども保険」について、経済ジャーナリストの荻原博子さんは以下のように述べております。
「根本には『社会全体で子どもを育てる』という考え方があるようですが、それ自体に異論はありません。しかし、『社会全体で』というなら国民全員が負担する税金でまかなうのが本筋でしょう。増税は世論の反発が大きいので、社会保険なら実現しやすいと考えたのではと、うがった見方をしてしまいます。なにより、必要な資金を国民から徴収しようと考える前に、国は天下り問題をはじめとするムダを排除するなど、やるべきことがあるはずです。安易に“取りやすいところから取る”政策は言語道断です」 (2017/4/17『女性自身』)

「こども」は家族の宝であり、国の宝です。
今後の日本を背負っていく世代を育てていことは、極めて重要なことです。そのためには、国を挙げて、教育のために財源を削っていくことは正しい議論であると思います。
ただし、共産党をはじめ野党が「大学の無償化」を主張して、政府与党を非難することが多いですが、この財源についての根拠を示すとともに、「大学無償化」などの必要性などを改めて、検討する必要があります。

例として「北欧では教育費が無償である、だから日本でも教育費を無償にすべき」このような提言が出てくることがよくあります。しかし、これを支えるためには税金を増やして社会全体としての教育財源を確保する必要がありますが、全ての人が大学まで無償で進学できる社会が、本当に日本の成長のために必要なのでしょうか?
現在、私立大学の半数以上が定員割れをおこしております。子供の数は減っているのに、大学の学部数や受け入れ可能な人数は年々増えております。定員割れをおこした大学では、”ほぼ無試験”であったり、AOや推薦など、学生が入りやすい仕組みが充実しております。
国立大学においても「最近の学生は学力が低いので、入学してきても、そのままでは授業についていけない。その結果、大学の授業を受講するための補修をおこなっている」このようなことを述べている先生もいらっしゃいます。

粗製濫造を繰り返しても、新たな良いものは産まれません。
良い製品と普通の製品、粗悪な製品などと、類別することでより、品質の良い製品に集中して資源を集中することが、国家として対応すべき戦略ではないでしょうか?
”国立大学の無償化”なども有効な戦略であると思いますが、経済的に余裕のある家庭まで、無償にする必要もないでしょう。

「国立大学や一部の私立大学で、学費免除の条件を緩和する」ことで、より現実的に、経済的に苦しく優秀な学生をの支援ができる仕組みができると考えます。

昨今の社会のモノサシが学歴偏重である点は問題であると思います。
技術者や職人など、組織や事業、国を支える、ブルーワーカー層をより尊重して社会的な重要な役割を果たす人たちとして、社会的に高いステータス与えることも必要かもしれません。
”大学に行かなければ一人前ではない・・・”このような誤解が、多くの借金に苦しむ、奨学金返済者を大量に発生させております。
いろいろな価値を認める社会、この中で国家としての戦略的な財源として教育への投資を進めるべきであると思います。
そして、各個人も、借金(奨学金)に頼らず、自分自身で自活できるような努力が必要であると思います。



社会・経済ランキング

クリックのご協力をよろしくお願いします
スポンサードリンク