この道はいつか来た道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる

明治の終わりから大正にかけて、西洋音楽を学んだ山田耕作を中心に多くの楽曲が発表されました。
その時に、多くの詩を提供したのが、北原白秋です。
山田耕作と北原白秋が共同で作成した楽曲は、今回紹介した「この道」以外にも「ペチカ」「からたちの花」など、今も歌い継がれている歌が多いです。
当時の日本は早く西洋文明に追いつけ追い越せと、西洋文明を多く受け入れました。その中の一つに西洋の音楽もありました。

「この道はいつか来た道 ああそうだよ」

みんな小学校の算数で習いました。
「1000円のプラモデルを買うのに、500円では買えません」。
ですから、毎月小遣いをコツコツ貯めて、1000円になったらそのお金を握りしめてお店に向かい欲しかったプラモデルを買うのです。
「500 - 1000 < 0」ですから、当然といえば、当然です。お金が足りないのです。
奨学金をはじめとした借金は、足りないはずのお金を、「魔法によって増やす一時的に満足」であり、つかの間の夢のような話です。
「あなたのお金が増えたわけではありません」
それなのに、気持ちが大きくなって、海外旅行やブランド品などを普通に買ってしまうのだと思います。
お金を使えばあっという間に消えてなくなってしまいます。一気に増やすことは難しいです。
日々コツコツと増やしていくしかないので、これは小学生時代に体験した「いつか来た道」ではなかったでしょうか?
前回は、いかに節約をしてお金を残していくかを書かせてもらいました。
しかし、これかではお金は増えません。
継続して、家計簿をつけて、さらに金融機関までを巻き込んだお金の増える仕組みを回していかなければなりません。

前回お伝えしたように、毎月使ったお金は平均で約25,000円くらいに抑えました。
これは家賃が安かったり、授業料免除を受けていた、交際範囲を制限したetcにより実現できました
それでも人間は弱いものですから、お金があればあるだけ使ってしまうのではないでしょうか?
「昔から欲しかったあの商品がバーゲンセールで売り出してる、今買わなきゃ!」このような衝動的な買い物により、お金は劇的に減ってしまいます。
「今日は100円ショップに来たから安い商品をたくさん買いそろえよう」そうすると、不要なものまで買ってしまい、お金はさらに減ってしまいます。
これらを止めなければ、お金は減る一方です。これを止めるための手段を考えなければなりません。

毎月のアルバイトの収入は8~15万円ほどありました。これも日々家計簿につけておりますので、きちんと把握しております。平均すると12万円くらいあったと思います
「収入ー支出」で、毎月8~9万円が残金として残りました。授業料免除は申請しても必ず通るとは限りません。申請が通らない場合に備えて貯金をしなければなりません。

日々もらったアルバイトを、日々貯めて12~13万円になったら、10万円を、郵貯カードで普通預金として入れておりました。これにより最低でも2~3万円は手元に残り、同時にMAXでも13万円程度しか手元には残りません。
毎月これを繰り返すと、1年くらいで100万円になります。そうなると、決して引き下ろすことができないように、郵便局の定額預金に100万円を預けておりました。当時は利子が4%超の時代です、複利が複利を呼び、10年後には約2倍のお金が戻ってくるのです。

毎月家計簿をつけておりましたが、毎月1回は田舎の両親に手紙を書いておりました。
この時に、家計簿も同封して、送っておりました。
商品の売買回数が少ないので、他の紙に転記しての報告でした。親からは多くの経済的支援を受けていないといえど、お世話になった両親です。また、弟や妹が苦しい生活の中で日々勉強に励んでおります。このように考えると、「家計簿は正直全てを書こう」「見られて恥ずかしくないよに無駄な出費は控えよう」「大学時代継続していこう」
これらの親への報告が、規則正しい生活や、無駄使いをなくし、借金(奨学金)なしの生活が維持することができたのだと思います。

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