二宮金次郎は相模国足柄上郡栢山村で百姓の長男として産まれました。時は1787年、江戸時代も後半の頃でした。学校などの校庭にある、二宮金次郎の銅像を見たことがないでしょうか?昔はどこの学校にも有ったと聞いている。この像では、薪を担いだ少年が歩きながら本を読んでいます。
一分一秒を惜しんで勉学に励むべし、この像はこのようなメッセージを子供たちに伝えています。

二宮金次郎は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家です。藩や町、家などで、財政の立て直しを依頼され、いくつもの事業で、復興を実現しております。生涯で615の立て直しをしたといわれております。桜町領を再興する時に、武士の位を授けられ「二宮尊徳」となりました。

沢山の名言を残しておりますが、今回はその中の一つを紹介します。

貧となり富となる。
偶然にあらず、富も因て来る処あり、貧も因て来る処あり。
人皆貨財は富者の処に集まると思へども然らず。
節約なる処と勉強する所に集まるなり。

【現代語訳】
貧しいのも裕福なのも、偶然にそうなったのではありません。
お金持ちになったのははそれなりに理由があり、貧しいのもそれなりに理由があります、
人々は、お金や財産などは、裕福な人のところに集まるのだと思っているかもしれませんが、それは違います。
節約するところと、勉強するところに集まるのです。

二宮尊徳は、「倹約や節約」を推奨し、勉学に励むことを奨励しています。
戦後日本人は貧しい時代が続きました、1960年くらいから始まる高度経済成長期で、日本人は豊かになり、その後のバブル期、バブル崩壊、失われた20年と、「貧しい」ことをタブー視するような風潮がありました。ここ数年は貧困が社会問題として取り上げらることがありましたが、豊かな世代を生きてきた人たちは、豊かさの呪縛から逃れられず、つい無理をしているのではないでしょうか?
その結果として、奨学金問題が社会問題となり、クローズアップされているのだと思います。


私自身は、やっと住む家が見つかり、大学入学を迎え、ほっと一息つきましたが。
お金は実家をより出るときに手渡された20万円しかありません。お金は使ってしまえば、なくなってしまいます。入学金と前期の授業料は親に払ってもらいましたが、これからはすべて一人で生きていかなければなりません。

そのために「節約の徹底」とアルバイト探しを始めました。
勉強をする前に、生きていくことを考えなければなりませんでした。

私の通っていた大学は比較的大きな街にありました。
学生相談所と言って、大学生に日雇いや中長期のアルバイトを紹介している場所がありました。おそらく、県や市が運営に関与しているような感じでした。
そこに行って、アルバイトを紹介してもらい、アルバイトをおこなうことで生計を立てることにしました。

また、家計簿をつけないと、お金の出入りがわからなくなります。
結果として、この家計簿とその運用方法が良かったので、困窮することなく、アルバイトと学業の両立ができたと思います。
次回は、この家計簿と運用方法についてお知らせします。
この運用を徹底すれば、奨学金なんてなくても何とかなるかもしれません。
スポンサードリンク